阪急電車

以前 新幹線の陸送を見かけましたが 今度は 阪急電車の陸送を見ました

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今では 道路を利用して新車の搬入を行う阪急電車ですが 以前は線路を利用していました 当たり前やんって思うかもしれませんが そうでもないんです 利用していた線路が 国鉄なんですね 尼崎にあったアルナ工機の工場で作った車両を貨物として国鉄が正雀工場まで輸送していたんです(甲種輸送と言うらしい) 国鉄といえば狭軌(1067mm) 阪急は標準軌(1435mm) 線路の幅が違うので いったん 狭軌の台車をつけて輸送して 正雀で標準軌の台車に付け替えたそうですよ 昭和59年2月 吹田操車場が廃止されるまで 輸送されていたそうです なんだか見たことあるような気がするんですが 確信が持てません 

いろいろ調べていると 阪急と国鉄って結構関係があるのね

新幹線の軌道を最初に走ったのは(営業運転)0系ではなくて 阪急電車である  阪急電車の大山崎ー上牧間は 新幹線と並走していますよね もともと地上を走っていた阪急ですが 新幹線建設に伴い 阪急も高架化することになったそうです 先に新幹線の軌道を作って そこに 大山崎・水無瀬・上牧の仮設の駅を設置して 昭和38年4月24日から12月27日まで 新幹線軌道は阪急京都線として 営業したんだそうですよ そして翌年の10月1日 夢の超特急が開業します

阪急のルートの一部は もともと国鉄だった 明治22年(1889年)新橋ー神戸間が全通した東海道本線ですが 大阪ー吹田間のルートは 今と違い 大阪から淀川に向かい 渡ったところで 右に曲がって淡路に向かっていました そう阪急京都線のルートです 淡路からは 千里線のルートで吹田に向かい 都市計画道路 十三高槻京都線と交差するあたりで 今のルートからはなれ 東海道本線につながるルートでした 大正2年(1913年)10月に 今の宮原(新大阪)経由に変更されています ちなみに当時の吹田駅は今の場所から 西に200mほどの場所にあったそうです  ルート変更によって 空いた敷地の払い下げを受け 鉄道を開業(大正10年4月1日 十三ー淡路ー豊津間)したのが 北大阪電鉄という会社で 後に合併を繰り返し 阪急になります

とまぁ こんな感じで ライバルだけど いろいろ関係がふか~い 2社でした